001 Kealoha

Slam Poetryって知っていますか?Slamはスラム街のスラム。Poetryは詩のこと。朗読でもなく、歌でもないし、演劇とも違う。あえて言うならステージの上で独特のビートにのってパフォーマンスする詩のこと。私は幸運にも偶然に、Slam Poet(スラム詩人)として活躍するアーティスト、Kealohaに出会いました。

それは10月はじめの頃のある日、Hawaii State Museumで行われたスラッキーギタープレイヤーのMAKANAのCDリリースパーティでのこと。アンコールのステージにMAKANAが呼んだのが、Slam PoetのKealoha。このときまで彼のことは何も知らなかった。Kealohaは目の前のマイクスタンドを自分の後ろへやり、マイクだけを握りしめて、眼を閉じた。

一体何が始まるんだろう?

会場も一瞬息をのみ、その何かの始まりを見守った。精神統一を終えたKealohaは、その決して大きくはない体から、沸き上るような情熱で、彼の自作の詩を朗読し始めた。いや、朗読、という表現は適切でないかもしれない。かといって歌っているのでもない。それは、一人芝居に近いような、大きな身振り手振りを繰り返し、独特なビートのリズムのって、その詩を体全体で表現する。ひとつひとつの言葉に言霊があって、胸がじんじんする。それは、言葉が言葉を超える瞬間だった。

ハートをわしづかみにされるような感動を持ち帰った私は、さっそく翌日彼のウェブサイトからコンタクトを取り、インタビューを申し込んだ。このような衝動的な行動に駆り立てたのも、彼のパフォーマンスがあまりにも衝撃的で、もちろん素晴らしかったから。

Photo by Michael K.S.C. Wong

ウェブサイトのプロフィールを見て驚きました。MIT(マサチューセッツ工科大学)を優秀な成績で卒業し、カリフォルニアでエリートビジネスマンをしていたって本当?

原子工学を学んでいたんだけど、今でもエネルギーにはすごく興味があるし、特にフュージョンエナジーという未来のエネルギーは僕が一番情熱を捧げているものだと言ってもいいくらい。物理が大好き。僕は基本的にはそっちの人間。卒業してからはビジネスの世界で経験を積むためにコンサルティング会社で働いていた。仕事はやりがいがあったけど、僕は満足できなかった。お金持ちをもっとお金持ちにするために自分の時間を費やすのがいやになっていったんだ。

Slam Poetの活動を始めようと思ったきっかけは?

チャック・パラニューク監督の『Fight Club』という、消費欲や虚栄心を刺激する高度消費社会によって人々が去勢され生きる力を失っている様、それに対して殴り合いによって男性性や生きる力を取りもどそうとあがく若い男たちの姿を描いた映画を見て、The Thinkという活動を始めたんだ。それは、毎回誰かが自分の専門分野や、興味があることに関してプレゼンテーションして、参加者のみんなでディスカッションするんだ。みんなそれぞれ仕事を持っているけれど、仕事以外の情熱をThe Thinkでシェアして、お互いのインテリジェンスを磨いたり、刺激し合ったりしていた。そのとき、僕はすごく「生きてる」って感じがした。全部で40セッションあったけど、トピックスはさまざまで、建築の話や音楽の話、ニーチェやプラトンの哲学の話もあった。コミュニティを育てて、ひととのつながりを作り、相互に考えて、小さく、そして良くなっていくこと。自分のコミュニティのためによいことをしようと思ったから科学やビジネスのフィールドからスイッチすることにした。

Slam Poetryを始めようと思ったきっかけは?

2000年に、偶然新聞である詩のイベントの告知記事を見つけて、それが自分の住むアパートの近くだったから、何なのかよく知らなかったんだけどとりあえず行ってみたんだ。そして、そこでの体験が僕の人生を変えてしまった。インスピレーションはすべてそこで用意されたようなもので、家に帰ってすぐに詩を書き始めた。僕にとってSlam Poetryは、考えることと、書くことと、ステージでパフォーマンスすることが揃った完璧なコンビネーションだった。その後僕が行ける範囲のどのSlam Poetryのイベントに参加するようになったんだ。Thinkを主宰したり、Slam Poetryのイベントに参加していくうちに、自分の人生や自分の社会にとって意味のあることを何かしなくちゃという気持ちが強くなって、自分が何をしたいのかがはっきりとわかっていたわけではないけど、情熱を持てない仕事を続けることは不可能になった。そして2001年の終わりに仕事を辞めて、未知のフィールドに進むことにしたんだ。

それで、ハワイに戻ることにしたんですね。でもどうしてハワイに戻る必要があったのですか?

それはもう、ハワイは僕のホームだから。

日本の若者は、都会に出るとしばらくふるさとに帰らないひとが多いけど、その「ホーム」という感覚はどういうもの?

その感覚は、やっぱりハワイだからこそだと思う。ハワイは特別だし、僕の場合は生まれ育ったのがハワイだっただから、帰ろうって思った。サンフランシスコは寒いし、ここじゃないし。ハワイはハイクもサーフもできるし、家族が周りにいるでしょ。僕のようにメインランドの経験があって、ハワイに戻ってくるひとは多いよ。

Hawaii Slam について教えてもらえますか?

2003年の4月に、ハワイでHawaiiSlam を設立してFirst Thursdayという、僕がサンフランスシスコで経験してきたSlam Poetryのイベントを始めた。当時のゴールは、詩に関わっているひとたち、ビジュアルアーティストやDJたちのホノルルでの基盤を作ること。最初のイベントでは家族や友人など300人が集まり、またたく間に話題が広まり、翌月には500人が集まり、その時点で、HawaiiSlamのFirst Thursdayは世界最大級のSlam Poetコンペティションのイベントになった。このことで、ホノルルのダウンタウンにはあらゆる芸術、音楽、詩のイベントが盛んになり、いわゆるアートの復興運動が起きたんだ。

Hawaii Slamを一からひとりで準備するのはさぞかし大変だったでしょう?

簡単!情熱があれば、何でもできるでしょ。ほとんど寝る暇もないほど、たくさんの時間を費やして準備をしていたんだけど、とにかく楽しかった!

ところで、何で詩をパフォーマンスするの?他の多くの詩人のように、文字で伝える方法ではダメなの?

言葉でも紙で渡すのと、トークするのは違うでしょ。感情がこめられるし、生きているんだよ。あるときオーディンスを見て、詩を文字で辿るのと、ライブで聴くのではまったく違う経験なんだってわかったんだ。

インタビューも終りかけたときに、Kealohaが5年も日本語を勉強していたということがわかった。マカナの読者にメッセージを日本語で言ってと言ったら、それまで雄弁に話していたKealohaは途端に照れてしまった。でもこんなメッセージをくれました。

「ハワイからアロハ、いつかお会いしましょう。」

では最後に、あなたの夢は?

これが僕の夢。毎日が夢。だけど夢は変わって行くものだから、ぼくたちも夢と一緒に変わって行かなくてはいけないんだよね。
This is my dream. Everyday is my dream, but dream is changing. When the dream is changed, you have to change with your dream.

Kealohaは1977年生まれ、インタビュアーの私と同じ歳。夢は何かと訊かれ、「現在夢のまっただ中」と答えた彼の言葉は、「ところで君たちは夢に向かっているかい?」とシンプルな質問をまっすぐ投げ返してくるようだ。夢は持っているだけじゃダメなんだ。輝かしいキャリアを捨てて、自分のパッションを追求して日々を過ごしている彼の話を聞いていると、うちに秘めた情熱もいいけれど、Kealohaのように、行動的で発信していくかたちの情熱が、今の世界には必要なのかもしれない。インタビューを通して彼が教えてくれたこと。それは、それぞれに好きなことややりたいことがあって、それに取り組んでいくやり方もいろいろあっていい。だけど、自分が情熱を感じるものに対しては、正直に向かい合ってとことんやること。自分が見たい世界を作るために、自らその変化になろうとしている仲間は、ここハワイにもいるってこと。

Photo by Ronen Zilberman

Profile

Kealoha
1977年ハワイ・オアフ島生まれ。マサチューセッチュ工科大学で原子工学を学び、サンフランシスコでビジネスマンとしての過ごす中で、Slam Poetryと衝撃的な出会いをし、転身。生まれ故郷のハワイへ戻り、Slam Poet(スラム詩人)として、ハワイのミュージックシーンを始めさまざまなアーティストと共演するほか、月に一回のイベント(Slam Poetryでは世界最大級)を主宰したり、学校や刑務所などでのワークショプなども行う。

毎月第一木曜日に行っているイベントの詳細はこちら
→HawaiiSlam’s First Thursdays - 8:30pm @ Fresh Cafe (831 Queen Street, Honolulu Hawaii) 

Kealohaウェブサイト