イルカのいる海
2009年8月の終わり、朝8時。私は、ハワイ・オアフ島の西部に位置するワイアナエ地区の港にいた。その目的はひとつ、野生のイルカに会うこと。ワイアナエは、オアフ島で一番高い山、カアラ山の峰に抱かれた、今でもハワイアンの血を濃く引く人々が多く暮らす、飾り気のないローカルな地区。冬にはビッグウェーブが立つマカハビーチがあり、世界中からサーファーたちが集まるけれど、普段なら観光客にはほとんど出会わない。この日私は、ワイアナエの港からボートに乗って、野生のイルカのいる海域に連れて行ってもらうことになっていた。
港を出発して間もなく、イルカたちの群れがもうボートのまわりにいると言う。慌ててシュノーケリングの装備をして海へ。海面に顔をつけながら泳いで行くと、エメラルドグリーンに澄み渡る静かな海の中で、何頭かのイルカが、同じスピードで揺れながら泳いでくるのが見えた。それはまぎれもなく泳いでいるのだけれど、踊るようにエレガント。耳を澄ますと、キリキリキリというイルカたちの声も聞こえる。時おり海面に顔を出して呼吸をしながら、滑らかな動きで自由自在に泳ぐイルカたち。そのあまりに優雅な動きを見ていると、当たり前だけれど海の中はまぎれもなく彼らの世界だと思う。人間が暮らす陸上の世界とはあまりにも違う。私たちの暮らす陸上の世界の、なんと不自由なことか。
すべての生物(の祖先)はこの海で生まれた。陸地ができて、いくつかの生物は陸上の生活を選んだ。イルカも、一度は陸上の生活を試したけれど、地を這って生活することを、不自由と感じたから、海に戻ったという説があるそうだ。陸上の生活を選んだことによって私たちが築き上げてきたものと、海に戻ったイルカたちが失わずに持ち続けているもの。踊るように泳ぐイルカを見て私は思った。私たち人間がいつも手に入れたいと思ってもがくもの、手に入れたと思ってもそこからするりと逃げてしまうもの、そんな目には見えない本当に大切なものだけを彼らは持っているのかもしれない。
イルカの生態
イルカの祖先は約6000万年前のメソニックス類(4本足の狼や熊のような動物)との説が有力で、魚や貝を採って生息していた。けれど、敵から身を守るためと、気温差が海中の方が捕食しやすかったことなどから海で生きる哺乳類に進化していったと見られている。
イルカの脳は約1500万~2000万年前にできたと言われていて、人間の脳が1400gでイルカが1500g、体と脳の比率も人間の次に高い。脳の大きさが、イルカが人間に近い頭脳を持っているという証明にはならないけれど、新皮質という、思考や道徳といった部分の脳が、人間よりも発達しているイルカもいるという説もある。一方、濁った水中での進化の過程で視覚は退化し、その代わり、イルカの前頭部にはメロン器官という器官があり、水中ではそこから超音波を出して、その反射音から物との距離を確認することができる。この機能をエコーロケーションといい、超音波は物を透過するので、イルカは好みの餌はもちろん、目には見えない病気や心の病を抱えたひとを見分けることができると言う。これは、イルカが癒しの存在とされる理由のひとつ。コミュケーション能力も非常に高いと言われるイルカ。彼らは音を使い分けてコミュニケーションをとる。イルカのコミュニケーション能力の研究の第一人者は、アメリカの脳科学者で、自らLSDを服用して精神と意識の分析に従事したハイパーな存在として知られる、ジョン・C・リリィ博士だが、彼はイルカやクジラの脳の謎を解き明かすことによって、私たちの知らない地球の歴史が明らかになると信じ、イルカとのコミュニケーション研究に没頭した。
その生態のすべての謎が解き明かされているわけではないけれど、超音波を使うエコーロケーションの機能をはじめ、左右の脳を交代に眠らせることもできるなど、イルカが知能の高い動物であることは間違いない。逆に、その高い知能を利用して、イルカのエコーロケーションを使っておびき寄せて捕獲したり、仲間が捕獲されると、同じ群れのイルカはそのそばから離れないという習性を利用して乱獲したり、アメリカやロシアなどでは軍事利用もされている。イルカが賢いから殺してはいけないのか。かわいいから食べてはいけないのか。人間と、食用としてのイルカの関係はその土地の古くからある文化のひとつではないのか。殺さないなら人間の勝手な都合で訓練し、その生態系を壊しながらも軍事利用してよいのか。和歌山県のある村のイルカ大量捕獲を隠し撮りした衝撃のドキュメント映画、『The Cove』が大きな議論を巻き起こしたことは記憶に新しいけれど、この種の論議は1990年代のイルカ・クジラブームのころより、幾度となく繰り返し行われてきた。イルカは、ひとびとを惹きつけてやまない癒しの存在でありながらも、人間に対してシンプルで根源的な問題を投げかけてくる重要な存在でもある。
イルカ人間
イルカという存在に人類の中で一番近づいたひとがいる。ジャック・マイヨールだ。彼は素潜りで105mの深海まで潜るという記録を作った、フリーダイバーであり、酸素ボンベをつけずに、イルカのようにエレガントに深く潜ることと同様に、人間はかつて海中で生活していたという論説を実証しようと、海底遺跡の発掘にも情熱を傾けたひとだ。ジャックは自らをホモ・デルフィナスと称し人間の海中での適応能力を、自らの身を以て追求し、本気でイルカになろうとした彼は、2001年にイタリア・エルバ島の自宅で自死を選んだ。
ジャックは、リュック・ベッソン監督の、『グラン・ブルー』という映画のモデルになった人物で、そこでのジャックは、寡黙で男っぽい性格として描かれている。しかし、実際のところはかなり違ったようだ。自己主張が激しく、感情を隠すことがない、だからこそ周囲の人たちとのトラブルも多かったと言う。ジャックは龍村仁監督の「地球交響曲 ガイアシンフォニー」という映画にも出演していて、15年前のある雑誌の記事に、龍村監督による撮影時のジャックのエピソードを見つけた。記事によると、ジャックはピアノを弾くのがとても上手かったので、監督はぜひそのシーンが撮りたいと申し出たそうだ。ところが撮影の当日、ジャックの紹介であてにしていたホテルのピアノが急に使えないことになり、次の候補としてジャックが提案してきたのがゴルフ場のロビーにあるピアノ。ピアノ自体は悪くなかったけれど、暗い室内で、海も見えないし、ジャックにはとても似つかわしくない場所だった。監督がはっきりとNOと言うと、ジャックは爆発した。「俺の言うことが聞けないなら、今日の撮影はもうやめだ!」暴言を吐き捨て、その場から飛び出して行った。その後、スタッフは血眼でカリブの小さな島中を探しまわり、イメージにぴったりのピアノを探し出した。海が見える場所にある、真っ白いグランドピアノ。翌日、ジャックを黙ってその場所に案内すると、「ピアノの前に立った彼の表情がみるみるうちに変わってゆく。鍵盤に触れ、音の響きを確かめた後、彼は私の合図も待たずに美しいメロディーを次々と弾き始めた。昨日、あんなセリフを吐いた事などもうすっかり忘れたように幸せそうにピアノを弾くジャック。そこがまさにジャックのイルカ人間たる所以なのだ。」(STUDIO VOICE July 1994 vol.223)このエピソードを読んで、思い出したのがこのフレーズ。作家の池澤夏樹がジャックに密着取材し、今では絶版となっている『クジラが見る夢』の中で、池澤夏樹はジャックのことをこう書いている。
「イルカはたぶん明日を思いわずらわないだろう。日々それぞれを満ち足りたものとして受け止め、満足をして翌日を迎えるのだろう。明日はいい日と信じる生きかたはイルカに似ているかもしれない。」
ジャックはその身体能力だけでなく、精神的にもイルカになっていたのかもしれない。彼が自死を選択した理由については、本人にしか分からないことだけれど、海の中で自由に泳ぐイルカという存在に近づきながらも、人間社会の不自由さから脱することができないという絶望がそうさせたのだろうか。自由って何だろう。一つのことを生涯追求し続けたジャック・マイヨールというひとりのひとと、彼をそこまで導いた、イルカという存在。ジャックでなくても多くのひとが強く惹きつけられるイルカという対象のその向こうがわに、私たちが見ようとしているものは一体何だろう。
■参考文献
- 『イルカと、海へ還る日』 ジャック・マイヨール著 講談社
- 『海の人々からの遺産』 ジャック・マイヨール著 翔泳社
- 『ジャック・マイヨール、イルカと海へ還る』 ピエール・マイヨール著 講談社
- 『イルカの夢時間―異種間コミュニケーションへの招待』 ジム・ノルマン著 工作舎
- 『イルカ』 村山司 著 中公新書
- 『クジラが見る夢』 池澤夏樹 著 新潮文庫


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